東京地方裁判所 昭和34年(ワ)4465号 判決 1960年8月30日
原告 将光商事株式会社
被告 共同印刷株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一原告の申立及び主張
原告訴訟代理人は「被告は、原告に対し金四二六、一五一円及びこれに対する昭和三四年六月八日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一 原告は、昭和三三年四月一七日旭容特殊印刷株式会社(以下旭容という。)から、同会社が、被告に対し現に有し又は将来有すべきビニール加工代金を含む売掛金債権を、そのうち金五〇〇、〇〇〇円の限度において譲渡を受け、旭容と原告は連名で被告に対し、昭和三三年五月一三日の確定日附ある日本橋郵便局い第八五一号内容証明郵便をもつてその旨の通知をなし、右は同年同月一四日午後二時三〇分被告に到達した。被告は、旭容に対し昭和三三年五月二〇日現在金四二六、一五一円のビニール加工代金債務を負担する計算関係にあるところ、右債務は、前記債権譲渡により原告の被告に対して有する債権となつた。そこで原告は、被告に対し右譲受債権金四二六、一五一円の支払及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三四年六月八日から支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ
二 被告の抗弁に対する答弁として、抗弁一の事実中米村塗料株式会社(以下米村という。)が本件債権を旭容から譲り受けた旨の内容証明郵便による通知が原告の発した債権譲渡の通知に先立つて被告に到達したとの点を除きその余は争わない。もつとも、原告のした債権譲渡の通知は、昭和三三年五月一四日午後二時三〇分被告会社守衛詰所に配達されたが、被告会社の代表者名を、大橋芳雄と記載してあつたため、芳雄の勤務する日本書籍株式会社(以下日本書籍という。)に廻送され、更に、同会社から被告会社総務部に同年六月三日届けられたことはあるけれども、被告会社に対する通知は、同年五月一四日午後二時三〇分になされたものといわなければならない。
抗弁二の事実中、米村が被告に対し被告主張のような訴を提起し被告は原告に対し右訴提起のあつた事実を通知して善処を促したこと及び原告は右訴訟に参加せず被告が敗訴判決を受けたことは認めるが、右敗訴判決確定後被告が米村に本件債務の弁済をしたことは知らない、その余は否認する。抗弁三の主張は争うと述べた。
第二被告の申立及び主張
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、被告が旭容に対し昭和三三年五月二〇日現在原告主張の債務額を負担する計算であることは認める。原告がその主張の日に旭容からその主張のような債権譲渡を受けたことは知らない、その余の事実は否認する。原告主張の債権譲渡の通知は同年六月三日被告に到達したものである、と述べ、
抗弁として、次のように述べた。
一 仮に、原告が旭容から本件債権の譲渡を受けたとしても、その通知が被告に到達する前、既に、米村は旭容より右債権を譲り受けたとし、旭容の代理人として、昭和三三年五月一四日の確定日附ある落合長崎郵便局第四三八号内容証明郵便で被告に対し右譲渡の通知を発し、同郵便は同日午後六時四〇分被告会社に到達したのであるから、原告は右債権譲渡をもつて米村及び被告に対抗し得ないわけである。のみならず、被告会社においては、昭和三二年五月二七日大橋芳雄が代表取締役を辞任し、代つて大橋貞雄が代表取締役に就任し、同月三一日その旨の登記を了し、その頃右代表取締役改選の挨拶状を旭容をはじめ被告会社の取引先に差出した。従つて、旭容は被告会社の代表取締役が改選されたことを知つていた筈であるにも拘らず(商法第一二条、法務局及び地方法務局設置に伴う関係法律の整理等に関する法律第九項、第一〇項によれば、被告会社は、第三者の善意、悪意を問わず前記登記事項をもつて対抗しうるものである。)、旭容が原告へ債権譲渡をした旨を被告会社に通知するに当り、その代表者名を旧代表取締役の大橋芳雄と表示したのであるから、右通知は被告会社に対抗しえないものである。
二 仮に、原告のした債権譲渡の通知が、米村のした債権譲渡の通知に先立つとしても、被告は次のような事情のもとに、過失なく米村を真の債権者と信じて米村に対し本件債務全額を弁済したから、再び本件債務を支払うべきいわれはない。すなわち、被告は前記のように二重に債権譲渡の通知を受けたが、旭容は米村が旭容の代理人としてした債権譲渡通知は無権代理行為であると主張するので、米村と原告のいずれが弁済受領権限のある真の債権者であるか判断に迷つているうち、米村は被告を相手どつて東京地方裁判所に加工代金請求の訴を提起(同庁昭和三三年(ワ)第九、〇七一号事件)したので、被告は、原告に対し同年一二月一二日到達の書面で米村から右訴の提起があつたから、原告においても対策を講ぜられたく、被告としては、右訴訟の結果、本件債権の権利者であると判定されたものに対し弁済するつもりであると通知した。原告は右訴訟に参加するといいながら、結局、参加等の処置にでることなく、他方被告は、右訴訟において米村のした債権譲渡の通知は無権代理によるものであり、かつ本件債権は原告に譲渡されその対抗要件も備わつている旨主張して抗争したが結局昭和三四年四月二八日被告敗訴の判決が言渡されたので、被告はその判決確定後、米村が弁済受領権限のある真の債権者であると信じて米村に本件債務全額を同年五月七日に支払つたものである。
三 仮に、右主張が容れられないとしても、前叙のような事情のもとに、被告が確定判決により債権者であると定められた米村に対し債務の弁済をしたのちになつて、前記訴訟係属中傍観していた原告が本件債権の真の権利者であるとして請求することは信義誠実の原則に照らしとうてい許されないところである。
第三証拠関係
原告訴訟代理人は、甲第一号証の一、二及び第二、第三号証を提出し、乙第一、第三、第四号証、第五号証の一、二、第六号証第九号証の成立はいずれも認めるが、その余の乙号各証の成立は知らないと述べた。
被告訴訟代理人は、乙第一ないし第四号証、第五号証の一、二及び第六ないし第九号証を提出し、甲号各証の成立はいずれも認めると述べた。
理由
一 債権譲渡について
成立について争いのない甲第一号証の一(乙第四号証)に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、原告は、昭和三三年五月頃旭容から同会社が被告に対し現に有し又は将来有すべき加工代金を含む売掛債権を、そのうち金五〇〇、〇〇〇円の限度において譲渡を受けたことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。
二 債権譲渡の対抗関係について
右債権譲渡を原告が被告に対抗しうるかどうか考えるに、前記債権譲渡人旭容が、譲受人たる原告と連名で昭和三三年五月一三日の確定日附ある日本橋郵便局い第八五一号内容証明郵便により「文京区久堅町一〇八番地共同印刷株式会社代表取締役大橋芳雄」に宛て右譲渡の通知を発したことは当事者間に争がない。
成立に争のない甲第一号証の一、二、第三号証によれば、右郵便は、日本橋郵便局員沢田泰助によつて昭和三三年五月一四日午後二時三〇分頃被告会社の守衛詰所へ配達されたが、その際、常時郵便物を受領している被告会社の守衛から、名宛人大橋芳雄の現在の勤務先である日本書籍へ配達するよう指示したので、沢田局員は右郵便物を一旦持ち戻り、翌一五日午前一〇時三〇分頃日本書籍の文書課員に交付して配達したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
書面による債権譲渡の通知は、その書面が一般取引上の通念に従い相手方がこれを了知しうる状態に置かれたときに相手方に到達したものと解すべきところ、本件において、原告の発した債権譲渡の通知は、昭和三三年五月一四日午後二時三〇分頃被告会社で常時郵便物を受領している守衛が服務中の守衛詰所へ配達されたとき被告会社において了知しうべき状態に置かれたものでありこのとき被告会社に到達したといわなければならない。もつともその際右通知書の宛先が「文京区久堅町一〇八番地共同印刷株式会社代表取締役大橋芳雄」と記されてあつたところから、被告会社の守衛が名宛人大橋芳雄は他へ転職したからその方へ配達するよう指示し、これに基いて郵便集配人は、一旦、右通知書を持ち戻り他へ転送した事情があるけれども、右のような宛名の記載は代表者を機関とする被告会社そのものに対して発せられたものであることは極めて明かである。そして、たとい、代表者の氏名に正確を欠くものがあつても会社に対する通知たるを失わないこと勿論である。もとより、大橋芳雄個人に宛てたものと解すべき余地は全く存しない。従つて、右のような宛先の記載ある郵便物の配達を受けながら、これを大橋芳雄個人に対する通知書と誤解して他に転送を指示した被告会社の守衛の措置は当を得ないものというべく、右のような転送の指示に基いて転送が行われた後に被告会社に届けられた為、被告において現実に了知し得る状態におかれたのが著しく遅れて同年六月三日になつたとしても、この不利益は被告の甘受すべきものであつて、原告の発した債権譲渡の通知は最初に被告会社の守衛詰所に配達されたとき、すなわち同年五月一四日午後二時三〇分頃被告に到達したというべきである。
そうすると、旭容が本件債権を米村に譲渡し、右譲渡人に代つて米村が被告に宛て落合長崎郵便局から発送した郵便による債権譲渡の通知は昭和三三年五月一四日午後六時四〇分被告に到達したものである(右事実は当事者間に争がない。)から、その到達の時刻は、前記日本橋郵便局から発送された郵便による債権譲渡通知の到達に遅れるものであり、結局米村のための債権譲渡は原告に対抗し得ない。
よつて抗弁一は理由がない。
三 準占有者に対する弁済について
被告が米村に対してした弁済が準占有者に対する弁済であるかどうかを考えるに、被告が、本件債権について二重に債権譲渡の通知を受け、原告と米村のいずれが弁済受領権限ある真の債権者であるか、その判断に迷つていたところ、米村は、被告を相手として、東京地方裁判所に加工代金請求の訴を提起(同庁昭和三三年(ワ)第九、〇七一号事件)したので、被告は原告に対し同年一二月一二日到達の書面で、米村から右訴の提起があつたから原告において対策を講ぜられたく、被告としては右訴訟の結果本件債権の権利者であると判定されたものに対し弁済するつもりである旨通知したが、原告は何等の措置もとらず、結局、右訴訟において被告は昭和三四年二八日敗訴の判決を言渡されたことは当事者間に争がない。
しかして、成立に争のない乙第六号証、弁論の全趣旨により真正の成立を認めうる乙第七号証に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、被告は右訴訟において米村のためにされた債権譲渡の通知の効力を争うとともに、原告のために債権譲渡があつたこと及びその通知が有効にされたことを主張し、立証を尽して米村の請求を争つたにもかかわらず敗訴したので、同判決確定後、被告は右判決の判定に従い、米村をば原告に優先する弁済受領の権限ある真の債権者であると信じて昭和三四年五月七日本件債務金四二六、一五一円を弁済したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上の事実によれば、被告は原告に対し、右訴訟に参加して譲渡を受けたと主張する債権を主張する機会を与えるとともに、被告自身としても、右訴訟で米村の請求を拒否する為、期待し得る限りの主張立証を尽した(もつとも、被告は右訴訟で原告の発した債権譲渡通知が昭和三三年六月三日被告に到達したと主張したこと前顕乙第六号証により明かであるところ、前認定の経緯により、その到達の日時は同年五月一四日午後二時三〇分頃であつたのであるから、別訴においてもこの主張をなし、かつ、立証していたら、その事件の判決は米村の請求を排斥したであろうし、従つて、被告も米村に支払うことを余儀なくされるような事態にならなかつた筈であり、この点において、被告の主張は必ずしも委曲を尽したものといわれないのは勿論であるが、当時、被告は前認定の到達の経緯については考慮を払うことなく、到達の日が同年六月三日であることを信じていた消息が弁論の全趣旨により窺われるから、被告にこの点の主張をしなかつたことを責めるのは難きを強うるものといわなければならない。)のに敗訴の判決を受けた為、有権的判断に従つて米村を真の債権者と信じたことにつき何等過失の責むべきものがないといわなければならない。したがつて、被告が米村に対してした弁済は債権の準占有者に対する弁済として有効であり、これによつて、原告の本件債権は消滅したということができる。
四 むすび
以上説示したとおり、原告の本訴請求は、他の点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部行男 岡田辰雄 柳沢千昭)